【2023.7.9】
ワルシャワからクラクフへは毎度おなじみFLIX BUSにて(10.99€=約1750円/当時のレート)

約4時間でクラクフに到着。明日のアウシュヴィッツ行きのバスチケットを前もって買っておこうとチケット売り場へ。(ちなみにアウシュヴィッツはドイツ語、ポーランド語ではオシフィエンチムという地名)
「明日のアウシュビッツ行き、何時発がある?」と聞くと「インフォメーションへ行け」あ〜またこのパターンかよと思いながら、心を無にしインフォメーションで時間を訪ね、翌日8:05発のバスチケットを購入。(運賃往復38PLN=約1350円)
翌朝、クラクフからバスで約1時間半、

アウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館へ到着。

ここでは絶対日本語ガイドを聞きたいと思い(英語ツアーだとなんて言ってるんかさっぱりわからんかった〜となるのがオチなので)唯一の日本人ガイドである中谷さんに2週間ほど前にメールで連絡を取り、運良く予約をとることが出来た。
当日現地でガイドをしてもらえるとはいえ、自分の目で見ておかなければと長年思っていた場所にやっと行けるので予習しなきゃと事前にアウシュヴィッツについていろいろ調べたが、こんなに酷い事が行われていたのかと目を背けたくなるような信じられない事ばかりだった。
簡単にアウシュヴィッツ強制収容所とは…
第二次世界大戦中、ナチスドイツによって行われたユダヤ人大虐殺(=ホロコースト)のための収容所。世界からユダヤ人を絶滅させようと、ヨーロッパ各地のユダヤ人を収容所に連行し虐殺した。ユダヤ人という理由だけで迫害される理不尽すぎる政策。当時ドイツでは第一次世界大戦での多額の賠償金があり、更に世界恐慌で失業者も増加し、ズタボロな状況。そこでヒトラー率いるナチスが「今起こっている悪い事はぜーんぶユダヤ人のせい!」といった感じで、国民の怒りの矛先を何の罪もないユダヤ人に向けた。ヒトラーは、人々を惹きつける演説で熱狂的な支持を集め、経済政策でも成果を出し、たしかにとんでもないカリスマだったのかもしれないけど、そのカリスマ性を別のところで活かせられなかったのか。でも決してヒトラーだけが悪いのではなく、それに賛同した大多数の人々、傍観していた人々、誰が悪いとかの話ではなく我々人類の過ちなのである。もし自分がその時代にその場所に生きていたとして、何が出来ただろうか。

その結果、600万人以上のユダヤ人が虐殺された。そもそもなぜユダヤ人が差別されるの?という事については、2000年以上も前からの話になるので割愛するが、ナチスドイツの時代に、よりひどくなった。いくつか収容所がある中で最大なのがこのアウシュヴィッツ。ここでは約110万人が虐殺された。(約9割ユダヤ人、残り1割はポーランドの政治犯、ナチス反対者、ソ連軍捕虜、ロマ、同性愛者、精神障害者など)
…このような悲惨な歴史があるアウシュヴィッツ強制収容所。ここでは第一と第二(ビルケナウ)の2カ所の収容所を見学することができる。
アウシュヴィッツで見たもの、教えてもらったことなどを一部書いていこうと思う。
「働けば自由になれる」と書かれた門。ここから出られた人はほとんどいなかった。

収容所内は有刺鉄線に囲われている。当時は高圧電流が流れていたようだ。

このような貨車に人をぎゅうぎゅうに詰め込み、ヨーロッパ各地から連行してくる。

着くと、まず選別が行われる。

医師が、労働不能と判断した老人、子供、妊婦、障害者などの人達は速攻ガス室送りにされる。本来命を救うべきはずの医師がここでは死の選別を行っている。シャワーを浴びると嘘を言われ連れてこられたガス室。後の死体の処理もユダヤ人にやらせていたようだ。

ガス室、焼却炉の残骸。全部で5つの焼却炉があり一日の焼却能力は全て合わせ4756体。

ガス室を免れ一旦生かされる選別をされても地獄。まともな食事など与えられるはずもなく(腐った野菜の水分ばかりのスープにわずかなパン)、過酷すぎる環境の中での強制労働や人体実験。
3段の蚕棚式の寝床。この一つの仕切りに6〜7人が詰め込まれていた。

山積みの靴。ほかにもメガネや鞄などの遺品も。

約2トンの髪の毛の山、髪の毛から出来ている絨毯の展示もありとても衝撃的だった。人間の毛髪は織物やフェルトの材料になるので企業へ売られたそうだ。
同時に12人を執行できたとされる集団絞首台。脱走を試みた者や、それを手助けしようとした者が、見せしめでここで犠牲となった。

「死の壁」と言われている銃殺場所。

こんな残酷なことが、たった80年前に国ぐるみで行われていたなんて本当に信じられないが、これが現実。(何百年前の遠い昔の話なら許されるということでも決してないが)
中谷さんのガイドはとてもわかりやすく、現代社会の問題を交えての話もしてくれて、とても勉強になった。

当時収容されていたなんの罪もない人達の気持ちを想像したところで、経験していないわたしには到底理解する事はできない。それにわたしが実際にこの場所に足を運んだからといって何か世界が変わるわけでもない。でもこの悲惨な歴史を決して繰り返さないためにも、知ること、考えることが大事だと思った。
多数派に流されず、おかしいと思ったことはちゃんと発言し意思表示をする。いじめられている子がいたら助けるとか、身近なことで言うと選挙へ行くことだって一つの意思表示である。
知ることで、無意識のうちにしてしまっている差別に気付ける事もあるだろう。今もあるアジア人差別、黒人差別、LGBTQの偏見など。わたしも旅中、知らない人からいきなり、すれ違いざまに「チンチャンチョン」(=アジア人に対する差別用語)と言われた事もある。大人はさすがにそれが差別用語だと分かった上で悪意があって言ってるのだろうけど、子供から言われた人もいるようだ。中にはそれが差別用語だと知らずのうちに言ってる子供もいると思う。(これは完全にまわりの大人の責任だが)

1945年にアウシュヴィッツ収容所が解放されて、今年でちょうど80年。生存者、当時のことを実際に知る人はもうかなり減ってきている。この人類最大の負の歴史を風化させないために継承していくこと、もう二度と繰り返さないために一人ひとりが考える事が大事だと気付かされた。
アウシュヴィッツに来て、とてつもなく暗い気持ちにはなったけど、自分の目で見ることができて本当に良かった。
